HISTORY

発祥の味にして、頂点の味。

今や全国に広く知られ愛される商品となった「焼き鯖すし」は、冷めてもおいしい“浜焼き鯖”の食文化をもとに福井で誕生しました。
以来、発祥当時の開拓スピリッツを大切に、お客様に喜んでいただける「頂点の味」を目指して今日に至ります。
しかし、その歴史はひたすら試作、試食、改良を繰り返す日々でもありました。

ヒントは“浜焼き鯖”初のお披露目は三國祭り

新千年紀の節目となる2000年、始まりは米どころとして知られる福井の“三国”という場所でした。
「若廣」はもとより前身の「PFD」すら立ち上がっていない時のことです。
私たちは北陸三大祭に数えられる三國祭りに、たまたま縁あって出展の機会を頂きました。「県外からも多くの方が集まる祭りだから何か福井を印象付けるアイテムを用意できないか?」と考え、目に留まったのが“浜焼き鯖”。
「焼きたてでも冷めても美味しい、福井ではおなじみの浜焼き鯖を棒寿司にしてみては?」という発想に辿り着きました。まさに焼き鯖寿しが誕生した瞬間です。
販売は期待半分不安半分でしたが、当時はやっとの思いで作った200本が1時間足らずで完売。翌日も同様で、大盛況となりました。

鯖の聖地、若狭小浜で販売開始も…

「きっと、これなら他でも買っていただけるのでは!」三国での経験をもとに、鯖の聖地若狭小浜そして“鯖街道の歴史物語”の延長線にこの“焼き鯖すし”を置いて本格的に販売を始めました。ところが、1日数本しか売れない日々が続きます。
賑わう週末でも20~30本程度の販売に留まり、三國祭りでの勢いは見る影もありませんでした。
それどころか「何でノルウェー産の鯖を使っているの?」「焼いているのは新鮮じゃないから?」等の疑問の声も多く聞かれ、不安は募るばかりでした。

とにかく試食してもらおう

「売れない状況に何か根本的な問題があるのでは」と色々考えるようになりました。
商品の味を調整したり鯖の焼き色に拘るなど商品自体の改良はもちろん、パッケージのデザインや売り場の演出等思いつくことは何でもやってみました。
そして何よりも試食を多く提供することにしました。時には売れる本数以上に試食を提供したこともありました。それは、お客様に試食いただき、そこで交わすコミュニケーションこそが宝だと考えたからです。
お客様の声を直接お聞きし、日々少しずつ改善を重ねていくうちに、徐々に評価が上向きはじめ、それはいつしか手ごたえに変わっていきました。

空弁ブームの到来と若狭路博の機運に恵まれて

転機が訪れたのは、「空弁」ブームと2003年に小浜を中心に開催された「若狭路博」でした。
当時、インターネット予約の普及による空港内での滞在時間の短縮や国内線の機内食廃止により、飛行機の中で食べる「お弁当」に注目が集まっていました。
そんな時、羽田空港内で「焼き鯖すし」を販売するチャンスに巡り合います。空弁「焼き鯖すし」は多くのメディアに取り上げられるなど認知は次第に広まり、ついに空弁5年連続売上1位を記録するヒット商品となりました。
更に地元では「若狭路博」の影響で小浜全体が賑わい、多くのお客様にお買い求めいただくことができました。

それでも試食の提供は続けた

空弁ブームの到来と若狭路博の影響により、「焼き鯖すし」の需要は一気に増加しました。当時は商品供給をまかなう為、正に寝る間を惜しんで製造に明け暮れました。
そのような中でも頑なに試食は提供し続け、お客様とのコミュニケーションを怠らず精進し続けました。こうした貴重な経験の数々は、現在の若廣の背骨となっています。
こうして三国で産声を上げた「焼き鯖すし」は今、鯖どころとして名を馳せた若狭小浜でしっかりと育っています。